嗜好の変化と流行-煙管のデザイン-

2010.02.04  コラム 装い

酒と同様、煙草も人々を虜にしてきた嗜好品。金属工芸の歴史においても、それらのたしなみが時代によって変化してきました。政治経済やライフスタイルの変化によって、器物ものデザインも大きく移り変わってゆきます。

今回は煙管(きせる)を切り口に、デザインの変化をたどってみます。

庶民文化の花咲いた元禄時代、江戸に人口増加と大量消費時代がやってきます。煙管の製造も本格的に盛んになるとともに、趣向が細分化されて職業別にもつ煙管の形が決まってきたのもこの頃。

武士貴族は以前と変わらない、河骨(こうぼね)と呼ばれる半球形の火皿の付いた、40センチくらいの長さのものを使っていました。吸い口が本来、先の部分が裾広がりになるところ、武士用だけは先になるほど細くなるデザインのものが流行します。吸うことは出来るが咥(くわ)えることが出来ないようにするためだそう。武士のくわえたばこは、マナー違反なことから形は多様性を見せてゆきます。

以前からある如真形(写真)、角をなくしなめらかなカーブを描く石州形、如真形を粋好みにした玉川形など。長さも携帯用にずいぶんと短いものが登場し、25センチから30センチくらいのものが流行しました。いまでも歌舞伎の演目で登場するのは、ほとんどこの時代のもの。小さくなったとはいえ、近世のものと比べるとはるかに大きくずんぐりむっくりしています。太く大きければ大きいほど、製作に手間と暇がかかったことでしょう。もちろん全てがきらびやかなものでもなく、お出かけ用と自宅用(番煙管:ばんぎせる)の使い分けもされていたようです。

素材はそれまでの、鉄、銅、黄銅(真鍮)から、銀、四分一、赤銅など、貴金属も用いられるようになりました。羅宇も、蒔絵、螺鈿、堆朱など、さまざまな技法を用い粋を競い合いました。

喧嘩煙管

写真は、胴部のみ鉄を用いて製作された護身用の煙管。幕府により禁止された、長脇差の代わりに町民が腰に差していました。「喧嘩煙管」とも呼ばれ、長さが45センチあります。治安の悪かった江戸初期にも鉄製の護身用が流行しましたが、その頃よりデザイン・製作技法も格段に進化しています。吸い口には銀を用いたものも多く、六角、八角形をしたものや、刀の鞘を模した平たいもの、懐に仕舞う小型のものなど多彩です。


当時煙管はステータスシンボルでもあり、歓楽街ではキセルを見て人となりを判断したそうです。たばこ研究家田中冨吉さんの書物に紹介されている、天明当時の川柳

『たいこもち らうのすげかえ見てにげる』

から、当時の様子が読み取れます。
遊郭で男芸者が、客の持つすげかえ煙管をみて、金を持っていない客とみなして出て行ったお話。高級な羅宇キセルは一体となった芸術品であって、ラオ部の挿げ替えがはっきり判るものは、使い古し。

さて、火皿の形状の変化は、タバコが渡来して初めの頃は大きく半球型で、火皿の下から横へ細く長く大きく湾曲した管が伸びていたものに対して、時代が下るにつれて火皿は小さく、湾曲も小さく短くなってゆきます。これは、タバコの葉の刻み方の変化によるものだそうです。半球型から、そば猪口のような形にだんだんと変化しました。ちなみに、紙巻きタバコが普及した大正時代には、紙巻きを差しても使えるように火皿の形状を調整したものも出始めました。

江戸後期の流行は、細く短いもの。長さが20センチ前後のものが主流で、現在でも新潟や東京で作られていたり、骨董屋さんでも目にする機会の多い、いま流通している煙管はほとんどこの時代のデザインを継承しています。当時のデザインは、大蔵省が昭和初期に作らせた煙管手本121種(現在はJT所蔵)に細かく残されてい、デザインすべて固有の名称が付けられています。

江戸時代も終わりに差し掛かり、幕府の財政が逼迫してくる頃、天保の改革によって煙管に金銀を用いることが命により厳禁されました。人々の不景気、生活難により煙管を取り巻く環境は一変、趣味に講じる余裕もないまま江戸時代の終わりを迎えます。以後は、粋を競うような工芸的なキセルはすっかり姿を消してゆきました。官軍上級兵士に人気があったのは、ポケットに入るナタ豆煙管。左右に押しつぶされたような、平たい形をしています。

明治時代に入り、庶民の煙管は番煙管、すなわち日用品としての量産品が主になりました。一部では、政治家や実業家の社交界において、当時の優れた彫金師作のものを見せ合ったそうです。


現在、私共で製作を続ける煙管は、左京区川端二条『平茂』(現在は廃業)の道具を譲り受け、当時のままの製法で製作しています。工房を閉められた後、ご縁あってその最後の後継者I氏に、うちへ職方として来て頂くことが出来ました。以来、次世代職人への技術指導のかたわら延べ煙管を細々と製作しています。羅宇煙管をご用命の場合は、矢竹(やだけ)の中でも品質の高い矢用のものを使用しています。

きらびやかな装飾をくわえたものよりも、シンプルで端正なものが好きで製作し集めています。半分は個人的な趣味、あと半分は文化保存を目的に製作をほそぼそと続けています。

 

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