「お手入れをどうしたらいいのか」と大変多くのお客様からお問合せを頂戴します。実は本来、金属工芸品は特別な手入れはほとんど必要ありません。ただし、必要最低限の約束事がございます。このページでは弊堂が江戸期の創業当時より得意としてきた「錫(すず)」製品のお手入れをご紹介いたします。
ご注意1、火の傍に置かない
融点の低い金属です。コンロや火鉢の傍に置いておきますと、あっという間に溶解します。およそ240℃の低い温度で溶け出します。タバコの火が800度と言われていますから、相当に低い温度だというのを想像いただけると思います。この融点が低いというのも錫の特徴のひとつです。ストーブなど火の傍に置いておくと、まるで砂糖菓子が崩れるように錫の器が溶解・崩壊します。
余談になりますが、毎年年始の1月には多くの溶解し壊れた器の修理のご相談が舞い込みます。なぜこの時期に、といいますのは、一年に一度この時だけ使う錫の器「屠蘇器」に関連しています。お正月を迎えるため蔵から出して、数日間使用します。それを今度、来年のためにお手入れをしてのち収納するわけですが、洗ったあと水気・湿気を乾燥させるためにストーブの傍においておかれる方が非常に多いのです。火の傍では、あっという間に溶解してしまいます。くれぐれもご注意ください。
*湯煎程度のごく低い温度ではまったく影響ございません。安心して御使いください。
ご注意2、冷凍庫に入れない
氷点下の極低温で、稀に錫が変質することがございます。ナポレオンの軍隊がロシア遠征の際、ロシアに大敗した原因のひとつにこの現象が伝説として挙げられています。極寒の雪山で、防寒コートのボタンが変質し崩壊してしまったのだとか。ここでいう「変質」とは、いったいどんなものなのかご紹介いたします。
錫は、炭素元素が黒炭からダイヤモンドに変化するように、元素的な組成は変わらず構造が大きく異なる「同素体」をもつ元素の一つです。錫には3つの同位体があり、その中でも「灰色スズ」への変化がこの変質です。
極低温状態が長時間続くことによって、この変化が現れます。実際の器物では、氷点下15度以下で希に起こることがあります。家庭用の冷凍庫へ入れっぱなしにし実験を繰り返しますと、数ヶ月で変化が部分的に現れます。使用の状況で大差があるので一概には言えませんが、低温とくに氷点下になることに注意が必要です。
*お使いの直前に急冷される程度でしたら問題ありません。
■飲食器のお手入れ
普段のお使いでは、とくにお手入れは必要ありません。
昨今、コンビニやスーパーでも売られている「メラミンフォーム」というものがあります。台所用品の一つで、ドイツで開発された「洗剤のいらない台所スポンジ」です。
これがなかなかの優れもの。比較的柔らかい、錫、銀も傷めることが無く、洗剤を使わないので嫌な匂いも残りません。手垢などの油汚れだけを綺麗に取り去ります。私共の工房でも、昨今多用するようになりました。
せっかくついた寂び、古美を落とすことが無いので、「金属磨き」よりも使える幅が広いと思います。(スポンジ自体に汚れやゴミがついたまま擦らないようにご注意ください。逆に傷をつける恐れがあります。)
■追記
金工品にも、濡れてはいけない・濡れない方が良いものがあります。このメラミンフォーム(スポンジ)は水をつけて擦るものですので、目安として飲食器にのみにてご使用ください。
■修理について
弊堂では傷んだ金工品の修理も承っており、自他古今東西を問わず、ありとあらゆる金属工芸品が持ち込まれます。修理・修繕ご依頼方法は「修理について 」をご覧ください。