対談:荻野NAO之×八十住孝「写真家と起業家の地下水脈」

2016.05.03  トークイベント 荻野NAO之

2016年4月、KYOTOGRAPHIE(京都国際写真祭)のサテライトイベント『KG+』の参加展覧会として、荻野NAO之写真展『閒 会』(まかい)を、清課堂にて開催しました。展覧会期間中には、さまざまなテーマのもとゲストを迎え、荻野NAO之氏とのトークイベントを全5回開催。そこで繰り広げられた話題を振り返り、荻野NAO之という作家の思考や、その根底にある世界に迫ります。

第2回トークイベントは2016年5月3日、清課堂にて行なわれました。写真家の荻野NAO之氏と起業家である八十住孝(やそずみ たかし)氏をゲストに迎え、対談タイトルは「写真家と起業家の地下水脈」です。荻野氏が写真家になる以前に八十住氏と出会い、両氏が京都に移住したことにより十数年ぶりの再会から現在のそれぞれの帰属領域を超えたところの思考についての対談です。
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荻野NAO之写真展 「閒 会」の位置づけ

荻野NAO之(以下 荻野)

ギャラリー初の写真展となる荻野NAO之写真展 「閒 会」(まかい)の一環として5回にわたり、トークイベントを行なっております。本日は第2回目になりますが、起業家であり、私の古くからの友人である八十住 孝さんをお招きして、私は、司会兼インタビュアーを担当しますのでよろしくお願いします。
まず、本写真展は、世界屈指の文化都市・京都を舞台に開催され、日本でも数少ない国際的な写真祭である「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」のサテライト展示に位置づけられております。
私は、写真家になる以前から八十住さんと仕事仲間であり、私たちが京都に移住し、ばったり会ったところから、このトークイベントが実現しました。

八十住 孝(以下 八十住)

まず、荻野さんの自己紹介から始めようよ。

 

写真家としてのテーマは3つ

荻野 

それでは、資料とかぶらないように写真家としての自己紹介をします。
私は写真家としてのテーマは3つあります。1つは、「モンゴロイド文化圏の暮らし」、2つめが、「妹(いも)の力」、3つ目が「狭間」です。
私はメキシコに10年在住しておりまして、そこで日本文化などのモンゴロイドに関心を寄せるようになりました。そのキッカケは、12歳の時に、知人の家の赤ちゃんを見たときに、蒙古斑がありました。その時、知人から「蒙古斑はモンゴロイド系の民族にできる斑点ですよ」と教えてもらいました。
でも、「ここはメキシコですよ」と質問したところ、昔、ベーリング海峡は凍っていて陸続きであり、モンゴロイドが徒歩でアメリカ大陸や南米まで移動した証拠ですよと答えられたことは大きなショックでした。これは、私の原体験の1つです。
小学生の時に、親に日本からメキシコに連れてこられてきたわけですが、「船や飛行機がなければ、私は二度と日本に帰れず、おじいちゃんやおばあちゃんにも会えないのだな」と子ども心に思いました。
しかし、メキシコで蒙古斑の話を聞いたとき、人間はここまで歩くことが出来るのだなとリアルティーが強烈に残り、アニミズムが自分の中にあると実感しました。
そして、民俗学者の祖である柳田國男の著書に『妹(いも)の力』がありますが、私は、女性の勘の鋭さ、母性やシャーマニズムなどを総称して、「妹(いも)の力」と理解していまして、それが、京都の花街で写真撮影している動機です。
3つ目は、「狭間」というテーマですが、本写真展は、最も近いです。
この京都で日常と非日常の境目のような「閒・ま」を感じた瞬間をとらえた写真作品を一つの世界「閒 会」となった写真展になります。長くなりましたが、私の自己紹介は以上です。

 

八十住氏との出会いは愛知万博

八十住 

いや実はね、荻野さんとは、前の会社の取引先だったんだよね。あの頃は面白かったよね。

荻野 

面白いもなにもあの頃は新入社員なので右も左もわからなかったですよ。しかも上司は休みをしっかりと取る人で、ハワイ行ってくるから、あとよろしくって言われても私は研修中なので、なにをやっていいかよくわからなかったのですがね。

八十住 

雑談していたときに、荻野さんが京都・宮川町で舞妓さんを撮っているって話になったんだよね。私は趣味だと思ったの。だんだん話していて、写真家になりたい話もして、配属が代わって、仕事が終わった後、しばらく、音信不通になったんだよね。
でもその後、たまたま知り合いがフェィスブックで荻野さんをシェアして、京都で写真家やっていると知ったんだよね。それでこれは京都に行かないといけないと思ったの。本当に、写真家になったんだって、びっくりしたよ。

 

「生産しないこと」の大切さ

荻野 

私あの当時、夜の12時半に家に帰ってそれから自分の時間で写真のことやっていたのですよ。前の会社もいいところで、喧嘩別れしたわけではないのです。帰宅して3時半まで、趣味の写真にあてて、4時に寝て、8時に起きて会社に出勤するという生活スタイルだと体が持たなくなるのですよ。私は、3年くらいで会社を辞めると公言していたのですが、愛知万博の仕事が面白かったのでしばらく辞めるまで時間がかかりました。愛知万博では「生産しない仕事」であったことから、ずいぶん気に入りました。
この間、佐々木 閑(ささき しずか)花園大学文学部国際禅学科教授にお目にかかりました。『科学するブッダ』『出家的人生のすすめ』等の著書があります。
目からうろこが出て大変興味深かったお話が聞けました。初期仏教の成立の際、釈迦は、「仏法僧」のあり方をシステム設計した人だと言うのです。解脱を目指す組織をどうやって、構築するかを設計したとのことです。特に重視したのは、仏教の出家修行者の集まりであるサンガという共同体を維持する方策を「律」として決めたことで、その中で、重視したことは「生産してはならない」ということです。裏山で畑を耕し、生産するのであれば、一般社会で生活すべきとの決まり事を作りました。

八十住 

それって密教じゃないの。

荻野 

いや佐々木教授から言うには、初期仏教はそういうシステムだったらしいです。佐々木教授が言いたいのは実は会社組織の中にもサンガ的な仕組みがあるということでした。会社の中には、一生懸命お金を稼ぐ部門があると同時に、お金を稼がない部署を許した、そういう組織がありますよねと会話をしたことがあります。
愛知万博がまさにそういう存在でした。愛知万博が終わって普通の営業に配属されて、しばらくして退社しました。

八十住 

会社退社してすぐ京都に来たの?

荻野 

いやしばらく名古屋に住んでいました。京都に来たキッカケは、妻の大学の仕事の関係で名古屋から京都に引っ越したのです。

八十住 

これから本格的に写真家としてやっていくの?

荻野 

僕の中では「本格的」とか「大きく」というのは分からなくて、徐々にやっていきたいですね。たまたま、色々な組み合わせで写真に集中したいと考えています。言葉で言うと一本のラインで説明しなくてはならないのですが、「妹(いも)の力」に代表されるように、シャーマニズムやアニミズムの精神を大事にしたいです。
しかし、これまでシャーマニズム等に代表される「妹(いも)の力」が弾圧されたことは残念でなりません。今では信じられないことですが、明治7年に、イタコが七夕祭りをやって逮捕された記事が掲載されています。明治政府、軍国主義、GHQにより、日本のシャーマニズムを根こそぎ潰されました。
しかし、メキシコ、インドネシアのシャーマン村、韓国などのムーダン等に代表されるシャーマニズムは残っており、その方々の話を聞き、自分のモノの見方が他者とは、違うことに気がつきました。私の脳みそは、現代風に言うと、ある種のアプリケーションがインプットされているのです。
それは、レンズというアプリケーションということに気がついたのです。全部、西洋科学に則ったレンズに制約されたモノを見ていた。
江戸時代の浮世絵にしても、平安時代の鳥瞰図にしても今では芸術作品としてとらえられていますが、この絵の手法よりもそういう風に見えていたアプリケーションがそれぞれの作者にあったのです。ひるがえってみると、私のアプリケーションは、1つしかない。これをどうにかしなくてはいけない。レンズというアプリケーションを壊して、新たに再構築しようと思いました。1回、レンズを壊すと、いろんなモノの見方ができるようになりました。それがこの写真展に込められている思いです。

 

写真家にも戦略を

八十住 

この写真を見てね、マーケット的、あるいはコマーシャル的に見れば、「写真家」という肩書きは外してもいいなと思っている。正直ね。どうしても写真家という機械の力を借りると、軽く見られるよね。

荻野 

以前、イタリアのミラノを歩いていると着飾った人々が歩いていました。それは、美しい光景でした。しかし、壊したレンズで見るとその方々の体が崩壊していました。なにを言いたいかと言えば、有名な画家が描いた緻密な絵と窓越しの絵のいずれかが絵が良いのかと考えたのです。顔が詳しく見られるという緻密な絵には、リアルティーがある一方、思い出の旅行の時に撮影した写真にも、真実があります。写真には、そういう真実というか吸着力があるのではないかと思います。
そして、八十住さんの問題提起に答えますが、「写真家」以外の用語では、フォトグラフィー、光画という言葉もあります。しかし、「光画」は消えてしまいました。

八十住 

「光画」っていいじゃない。それ行こう。あと、写真は美術の歴史の中では浅いから海外でも日本でも単価がつかないよね。

荻野 

現代アートですと何十億ですけれど、写真の単価は厳しいですね。ただ、写真も現代アートと見ることも出来ます。

八十住 

作っている人は自分の得意なフィールドで勝負するけれど、写真展を観に来る人、購入する人は固定概念があるよね。そのあたり何かいい方法があるといいけれど。

荻野 

その辺、教えて下さいよ。

八十住 

荻野さんは、まじめだよね。私は戦略考えた方がいいのよ。私は人文科学が好きなんだけれど、人間は目で映像を追うけれど、写真だと劣化するのよ。立体に常にとらえる習性が人間にはあるのよ。人間って変わっているよ。平面だと食べられてしまうからそういうことなんだけれど、立体的な視点を平面にしまい込む、それが面白いのよ。

 

対話しているとビジョンが見える

荻野 :

私は写真撮影よりも、話している方が好きなんですよ。話しているとビジョンが見えてきます。

八十住 

ビジョンが見えるってよくあるし、わかるよ。荻野さんの作品にはコンセプトや直感が必要。後で整理していくと、つじつまが合うようになるんだよ。

荻野 :

写真のタイトルは英語か日本語かでと迷うことがあるんですが、言語を決めて書いていくと光る文字が浮かび、それがタイトルになります。

八十住 :

普通の人には、そういう直感は難しいよ。そこで、そういう直感を、頭の中で整理して解説する人が必要なの。この人の思いがくみ取れることが大切なのに、「すごいですね」としか言えないのは困りますね。もっとわかりやすい解説を何故、しないかということなんですよね。

荻野

評論家はかわいそうですよ。誠実にくみ取っていても作家は明日には言うことが違いますからね。

八十住 :

それがわかりやすく言えばいいけれど、難しく言うのだよね。それが困るんだけれどね。

 

荻野 :

「閒 会」(まかい)に代表されるように、言語には「狭間」があり、表現できない空間や単語があり、私の話せる三言語(日本語・英語・スペイン語)でも同様です。
ここが、私と写真とがかかわる部分になるのです。世界の誰かが「こんにちは」、「さようなら」という単語を発明したことは素晴らしいことです。それだけ言語は便利なのです。私の写真のテーマの1つである「狭間」は、言語でおさまらない概念が存在し、それをどう写真で表現すべきか。

八十住 :

人間は言葉にとらわれすぎているよな。「美術」って美しいという言葉を使うじゃない。そもそも美しいとはなんぞやというところから始まるかもしれないよね。これ本で出版されているの。結構、面白いよ。美しいものは危険なのよ。目を奪われて釘付けになる。それは、生命の危機だよ。

荻野 :

私にとっての怖さは、論理脳が論理脳として機能できなくなる部分が美しさの怖さです。

 

「閒・ま」とは無意識の時間帯

八十住 :

人間は脳が発達しすぎているのよ。だからね、つじつまがあわなくなってきている。iPhoneのアプリはいくらでもできるけれど、電池機能はおいついていかないよね。脳が発達しすぎて体が追いついていかない。荻野さんの話にはそれを感じるのよ。

荻野 :

論理と体以外に存在するものがありましたね。この展覧会に来てくれた友達が「閒・ま」って子どもの方が多くもっているよねってLINEで送ってきたのですが、面白い指摘だなと思いました。ひょっとしたら「閒・ま」とは無意識の時間帯かな。子どもは無意識の領域が長い。

八十住 :

無意識って野生だと思う。

荻野 :

確かに野生ですね。今度、中島 智さん (芸術人類学者・造形作家)と第3回目の対談で、「亡霊としての芸術」をテーマに話し合う予定ですが、野生だと思います。赤ちゃんも認知症になっている徘徊老人も「閒・ま」を持っており、人の無意識なものに触れるのかな。

八十住 :

人間ってさ、時間の50%から60%の間はなにも考えていないんだよ。要するに、「ぼー」としている。ずっと集中するって脳にすごく悪い。「ぼー」とすること「閒・ま」ってすごく大事なの。

荻野 :

野生の話になったんですが、ルバング島に潜伏していた小野田寛郎さんに亡くなる前に1回だけお会いすることが出来たのですが、分からない「閒・ま」を持っていました。ブラジルに子どもたちを支援する学校を創設し、日本とブラジルを往復していたのですが、長くジャングルの中で生きていたのですが、あれが野生なのかな。不思議な「閒・ま」を持っている人でしたね。

八十住 :

ところで話変わるけれど、美術ってなに。

荻野 :

はじめ、文章を書いて、「閒 会」という言葉が浮かびあがったのです。どう問題を解決していくかそのミッションや方向性を示していくと言うことであり、問題提起ではないです。それが美術の役割だと考えます。

八十住 :

作家は解決していく方向へ向かうということかな。

荻野 :

必ずしも解決しなくてはならないと言うことではないです。方向性があるから作家は作る。解決するかはまた別の問題なのです。

八十住 :

人間が息をするように、同様に作家もつくるのが性(さが)ということかな。

荻野

1人の人間として解決しなくてもいいということに気がつくと気が楽になりました。

八十住 :

解決しなくていいと割り切るのは難しいよ。

荻野 :

道ゆく人にカメラを向けて撮ろうとすると邪魔者がいるんです。おまわりさんからカバン見せてって言われるのです。日本は全員目的をもって歩いているんですよ。目的がなくて歩いていると、新宿あたりだと薬の売人に思われる。ほんとにひどいですよ。

八十住 :

やっぱり安全を第一にということなのかな。

荻野 :

必ずしも解決しなくてよいということにも関係してくるのですが、「ぼー」としてその空間に入り込めるかが大切なのです。

八十住 :

まじめに働いている人も「ぼー」としている。

荻野 :

「ぼー」として論理脳を休ませることができるのか。日常の世界に出来るのか。意識的にシャーマニズムのようなトランス状態をつくりあげることができるのか、そして自分をコントロールしてもう1人の人間とつきあえるか、これらのことは私にとって大切な仕事です。

八十住 :

目に見えない何かが見える人は脳に障害があると思う。ただ非科学的なことを否定するつもりはないよ。世の中には、必ず解明できないものがあって、今は科学が追いついていないだけよ。

荻野 :

「閒 会」もそうですが、多様性やアニミズムは肝要で、一神教を否定せずに会話するのは難しいですがテーマとしてとても大事です。この間、ドバイから来た3人の外国人と会いまして、1人はプログラム系で後の2人はデザイン系でした。1人はイラク系、1人シリア系、もう1人はサウジアラビアと多彩でしたので話を聞きました。
最初、政治的な議論になり、それからアートの話になりましたが、ドバイではアートは難しい。宗教的な問題がからむとなにをベースにしていくか壁にぶち当たるのです。間違ったことを語り、表現すれば場合によっては逮捕されてしまいます。

 

実体験としての心の中での対話

八十住 :

時間も時間だからさ、そろそろ質問受け付けようよ。

荻野 :

それではみなさん何かご質問はありますか。

観客 :

美の概念とは、世界で、そして個人でも、ベースになっていることにより、それぞれの判断基準は異なっていいと考えます。私は、荻野さんの作品を見て、それぞれの見方の解説でいいと思います。

荻野 :

私は写真撮影することも大事ですが、その場や空間にいたいという気持ちが強いのです。たとえば、舞妓さんが化粧している姿を一般の人では中々見ることが出来ません。しかし、写真家が表現するために、写真撮影することで、その場にいることができるのです。
確かにシャッター音で人をコントロールすることがありますが、私としては、その空間の心地よさを体験したい気持ちがあります。
もう1つ、地元の人も入れないインドネシアのシャーマン村を訪ねたことがあります。昔の王族のツテで、入ることができ、ただし、電化商品はすべて置いておきました。持っているものは、電化製品ではないライカのカメラです。当然、写真撮影は禁止です。
現地の言葉が分からないので当然、通訳を介しますが、そのシャーマンの位の高いおばあちゃんは、「ぼー」としていているのです。その時、私は、写真撮影をしました。当然、周囲は凍り付きますが、私には、はっきりとおばあちゃんの、「もう十分、撮影したからいいでしょう」という声がハッキリと聞こえたのです。
ちなみに、この写真は発表していません。感覚の鋭い子に見せると何人かはトイレに駆け込んだ子がいて、発表しない方がいいと判断しました。
あの時、シャッターを押し続けた刹那に、深遠な目が見えてシャーマンのおばあちゃんと会話が出来たことで幸せというかうれしい。僕はその場にいて体験することが大切で、写真をつくっている気がないというのが本音です。

八十住 :

いいね。作家は会話が出来た方がいいよ。会話できると売れるから。最終的に作家が好きで買うというのは正しいよ。ゴッホってそうでしたし、小説もそうだよ。

荻野 :

あと、素材の掛け軸を作成していただきました岡さん(岡墨光堂)を紹介します。

 :

岡です。今回、清課堂の山中さんから相談されまして、作成しました。事前に作家さんからイメージがあれば、こちらに説明していただければ、うまく行くケースが多いと感じています。

観客 :

私は広告撮影が主体で、広告の写真なので荻野さんみたいな写真と違いますが、岡さんのお考えに賛同します。私は仕事を依頼されて撮影することで目的が明確になっています。私は、目的が明確でないのに撮影するのは、空間にいたい、体験したいという気持ちは理解しつつも、撮影するモチベーションをどう高めていくかここが聞きたいところです。

荻野 :

わたしは、空間が好きです。ドラえもんのタイムマシンで江戸時代に移動するってイメージです。失われていた何かがある。言葉ではいえない何かがある。私には好きだから行くんです。わかるようになると、プロセスは変わります。わかったものを味わうようになっていくんですね。
この間、撮るなって職人がいるんですよ。怒っているんじゃなくてね、「オレたちと一緒に休憩しよう」ということの意味でした。そこで缶コーヒーを奢ってくれて休むようになって距離感が一気に短くなったことが心地よいです。

八十住 :

コミュニケーションアートというべきかな。

荻野 :

職人さんの悩み事を聞いて写真を撮影できないこともありましたね。

八十住 :

共感があっていい写真が撮れるってことかな。そうだ、観客にいる染色家の玉村咏さんも何か質問あるでしょう。

玉村 :

体験したいと言うことであれば、必ずしもカメラもっていなくてもいいじゃないですかね。カメラを持たなくてシャーマンと友達になってもいいのではないですか。ところで一番聞きたいことは、写真の色のことです。

荻野 :

結果論ですが、自分が好きでないと使わないですよ。薄い菊判のサイズでガンピですが是非、使いたかった。錫箔を組み合わせたオリジナルプリントである naotypeの技法を採用しましたが、もし、コピー用紙で白だったらこの技法は使わなかったです。

玉村 :

私は君の作品を見て語りたい。すべて色の中で語りたいのですよ。ガンピで使用し、モノトーン色で許されるかということを聞きたい。

荻野 :

人間の周辺視野はモノクロである。周辺はモノクロです。頭の中のアプリケーションでフルカラーにしているのです。勝手にカラーしているのは脳内のアプリケーションによる作業です。
サッカーボールが後ろから飛んできたことがあります。その時、私はよけたのですが、サッカーのボールが大きくモノクロに見えたのです。網膜のレセプターはモノクロなのです。わたしも完璧な実感がないのですが、中心だけではなく、周辺でほっとすることをリリースしているのではないかなと思った。

玉村 :

さらに聞きたい。「狭間」という概念ですが今日は昨日と明日のあいだです。「狭間」はいつなくなるのか。

荻野 :

とんちと言われますが我々には100%事象を見ることはできません。毎回違う発見があります。家にある写真と絵は意識しなくても毎日無意識に見ていますが、自分が好きなモノを置けば、人間の無意識は必ず反応し、心地よいものを見ていれば、疲れがとれるのです。
ぶれない精神は自分の声を聞くこと

八十住 :

作風も変わっていくかも知れないけれど変わらないものはどこかなというのを聞きたいな。

荻野 :

自分の声を聞くことです。声が心地よければそこにただすむ。僕はその瞬間で終わっているのですから、つくっているというか選んでいるのです。写真家は二度撮影すると言われ、1つは撮影することと、もう1つは撮影した写真を選ぶことです。

 


 
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八十住 孝 / やそずみ たかし

大学の経営学部とデザイン学校のダブルスクール後、デザイン会社勤務を経て、1989年マザー株式会社設立。雑誌ぴあ誌アートディレクター、デザイン学校講師、ヴィレッジヴァンガード設計、ファニチャーメーカー設立、ゲームショップ経営、日本で二番目のMacスクール設立経営、等を。

現在、IT会社/マザー株式会社 代表取締役、音楽企画会社/株式会社EMC 副社長、建築設計会社/株式会社設計組織DNA 執行役員、顧客管理サービス会社/取締役、食品会社/執行役員、他数社の顧問や株主。

過去に、知的財産信託会社、受益権販売会社、知的財産企画会社、等の会社を経営。 プライベートでは過去に、インスタレーション&パフォーマンスの活動を。現在、クリエイターイベント&交流会を京都(Desalon)と名古屋(5T)で主催。著書「武装した消費者」サムシング出版。

2006年より京都在住。

 

荻野NAO之

荻野NAO之 / おぎの なおゆき

http://www.naoyukiogino.jp/
東京生まれ、メキシコ育ち、京都在住。
KYOTOGRAPHIEオフィシャルフォトグラファー。
名古屋大学理学部卒業。 第一回日本写真家ユニオン大賞。

主な参加フェアー
・イギリス:Photo London (2015)
・オランダ:Unseen Photo Fair Amsterdam (2015)

主な参加フェスティバル
・ウズベキスタン:Tashkent International Photobiennale (2008, 2012 ,2014)
(招聘作家作品展、国際写真コンテスト審査員、Master Class講師)
・中国:Pinyao International Photography Festival (2007)

写真展
国内外多数(アメリカ、メキシコ、日本、他)

主な出版物
・英語版写真集 「A Geisha’s Journey」(2009)
・フランス語写真集 「Mon journal de geisha」(2008)
・日本語写真集 「Komomo」(2008)


 

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