清課堂の仕事 works of seikado

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脈々と息づく伝統

<さび>

日本人が古来よりもつ独自の美意識、「寂び」。
自然のまま、あるがままを受け入れるとともに、その移ろいに美を見出しました。それは、自然に打ち勝とうとする西洋の意識とは異にするものです。金属において、その代表的なものが「いぶし銀」。比喩的にも用いられる言葉でが、年月を経て様を積み重ね老い行く過程にある、年輪の美しさ。「いぶし・寂び」の良さが感覚的に解るのは、おそらく日本人だけかもしれません。

西本願寺灯篭
西洋の銀器(とくに食器類)は、常に磨き、光沢のある銀色を保つことを強要されます。もともと磨いて使うもので、作る段階から常に磨くことを想定しています。銀磨き専門の使用人が居る貴族宅もあるそう。

まったく逆に、日本の伝統的な銀器は、とくに磨かなくても良いものです。よくよく使えば、「傷」もつき「いぶし」もつきます。器が経年してまとっていくその変化そのものが美しく見えるよう、製作段階から考慮しています。「寂び」の美しさとは、傷といぶしだとも言えるでしょう。

昨今、「いぶし・寂び」の良さが受け入れられ難くなりました。「銀は色が変わるから扱いにくい・・・」「磨くのが面倒・・・」とのお声をしばしば耳にします。が、変化を畏れることはございません。どんどん使い込んで、自分流の「寂び」をつけることを御楽しみください。


<神々と錫>

当工房も、様々なお祭りが近づくとにわかに慌しくなります。神事に関連する器の製作に追われます。写真は、八坂神社御旅所にて、祇園祭還幸祭を待つ神輿たち。市内多数の企業から、清酒(御神酒)の奉納がありますが、その酒を納める器が錫(すず)製の瓶子(へいし:御神酒徳利)です。

お酒を奉げるための特殊な器で、形状・材質もいくつか有り、代表的なものは上の祇園祭の写真にある「神代形(じんだいがた)」。焼き物のも沢山飾られていますが、錫製のものがもっとも高価で格高いといわれています。

お社から神具店を通してご注文いただくほか、奉賛者からの寄進・奉納品として一般の方々からご注文いただくこともあります。奉納の場合は、寄進者の名前や年月日を彫刻します。現在、これを作っているのは私共を含め、日本でたった2つの工房だけになりました。


<布袋さん>

当店は約30年前、不審火による火災でそのほとんどが焼失しました。家財から道具、型を失いましたが奇跡的に残り今も伝わるものがございます。それが、当家に伝わるお仏壇と布袋さんです。

店舗を入って左手奥のショーケース、もともとこの場所に「おくどさん」(かまど)があり荒神棚が掲げられていたあたりに、伏見人形の「布袋さん」を飾っています。合計七体+α。口伝えでは、家を新築するとその正月に伏見稲荷に詣で、布袋さんを買って帰ります。稲荷詣でを7年繰り返すと七体集まり、「福の神が七体揃う」と縁起の良いしるし。小さいものから順に揃えていきます。これは陶製なので、火災を免れたようです。
前回の新築が明治の初めですので、その頃から家にあったものと推測されます。今では「荒神棚」ではなくショーケースになっていますが、いまでも正月には荒神松を飾り、布袋さんに供えています。

本来は家に災難が降りかかると全てを棄て一新するのですが、当方では「復興の証」としてあえてこれらを残しています。今はこの七体に、新しい一体を加えています。十二体揃えるのも良いとお聞きしました。


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